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――ユーフォリアっていうのは、筋少でやっていたのとは違って、もっと様式をやろうと思っていたの?

そうでもないかな。というか、なにをやっても橘高なんだなっていうことに気づいた収穫だったかな。ソロ活動をしても、その前後に筋少でギターを弾いても、やっていることは変わらないんだなって。アルージュが解散したときには、自分のスタイルがないんじゃないかと思ったけれど、気がついたら、自分でもわかるくらいのものができあがっちゃっていて、“なるほど。あとはこれを切磋琢磨していくんだろうな”っていうのに気づいた時期だった。それに対して誇りを感じたりもしたしね。当然、ヴォーカルが大槻じゃないから、それに見合った曲を書いたりしていたけどね。あくまでもオレはバンド・ギタリストだから、ヴォーカリストのために曲を書いたりしていて、筋少では大槻のことを考えた曲を書いているしさ。でも、ギターとしての行きかたそのものは基本的に変わらないなって思って、そういうのがオレだと思ってくれているファンのこともわかるようになったしね。あとは、どうしたらそれを匠の域にまで持っていけるんだろうかっていう。

これは結論になっちゃうけれど、時代を追って音楽性やルックスを変えざるをえない人もいると思う。おそらく、そういう人は真ん中を歩いている人だと思う。また、そういう人でなければ、真ん中は歩けないだろうしね。
オレはずっと、好む好まざるに関係なく、カウンターな人生を歩いてきたからかもわからないけど、自分のやりたいことっていうのは、そんなにちょこちょこ変えられないし、10年や20年じゃ、やっても追いつかないんだよね。で、小学校から中学校のときに考えていたようなことに、ようやく追いついてきたのかなって思ったのが、ユーフォリアのころだよね。あとは、そこにまだ深みが足りないなって思ったけどね。

どれだけ長生きしたとしても、人生なんて100年。100年で音楽スタイルが変わるようなアーティストのアルバムなんて、オレは欲しくない。おごった言いかたかもしれないけれど、昔のバッハの曲はいまでもちゃんと聴けるわけでしょう。自分が一生けんめいに追求したものならば、きっと聴いてもらえるだろうっていう道を歩いていこうと決意したのが、その時期だったね。やっと見つけたくらいのところだったよね。

――あとは、100歳になったときに、はたして昔どおりに指が動いてくれるかどうかだね。

それは問題だよね。いまのところ、昔弾けていたフレーズで、いま弾けなくなったっていうのはないからね。それをちょっと心配していたんだけれどね。スタジオで弾くことっていったら、いつでも限界への挑戦みたいなところがあるから、40歳とか50歳になったらどうなんだろうってね。でも、いまでも昔のものが弾けるからね。ホントは、テクニックやスピードがよこばいになって、昔のものが弾けなくなって初めていぶし銀になれるんだろうと思うけどね。もし、昔のものが弾けなくなっちゃったら、自分で喜ぶと思う。でも、まだ弾けるからねぇ。

――それは単純に肉体が衰えていったからかもしれないでしょ?

でも、肉体が衰えていくのも人生だからさぁ。たとえば、短距離の選手が40歳になって、20代のころと同じスピードで走ったらおかしいでしょ。なのに、ギターを弾くっていう筋肉においては、それができているから、オレもがんばっているんだなぁって思うよ(笑)。
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